食物を無駄にしないで済みました

昼めしを食べてから習い事に行こうとして、コンビニでサンドイッチを買いました。だがその日はごちそうの間隔が十分に取れなくて、元来サンドイッチを食べられませんでした。
習い事が終わった後は、さすがに胃腸が空いてしまいました。家に帰るまで我慢ができないほどだ。買ったサンドイッチを途中で食べようと思いましたが、食べられる配置が見つかりません。仕方がないのでサンドイッチは手提げ袋に入れたままにして、ファミレスに寄って遅めの昼めしを食べました。
建物に帰ったら一気に、サンドイッチを冷蔵庫に入れました。だが夕ごはんには違うものを食べてしまい、元来サンドイッチは翌朝まで冷蔵庫に入れっ放しでした。
翌朝、起き抜けの自分が目にしたのは、夫がサンドイッチを食べて掛かるところです。冷蔵庫に入っているのをついつい見つけたみたいでした。
「そのサンドイッチ、返済期限が今日の朝1らなっていない?」
自分はあわてて夫に聞きました。返済期限を過ぎたものをうっかり食べて、胃腸を壊さないか心配になったからです。
「え?返済期限は今日の昼過ぎ1タイミングだけど」
夫に言われて、自分は又もや返済期限を確認しました。一番「昼過ぎ1タイミング」って表示されていたのです。
「なんだ、返済期限を過ぎていなくてよかった。食べてくれて有難う」
自分は夫にお礼を言うと共に、自分の間隔調整の新しくさや目論み性のなさ、そそっかしさを自省させられました。何はともあれ、メニューを無駄にしないでよかったです。http://www.iconip2013.org/

九死に生涯を得た人間の面持ちは

とある機会に死にかけて生還してきたパーソンって会う機会がありました。
わたし自体が以前に死にかけて生還してきた性分なので、死の淵から帰って来た人間の面持というものが感覚でそれとわかるようになりました。
死ぬかもしれない事例はこういう何ともジレンマがついにならないのかというのですが、その生還してきたパーソンもそうでしたし、そういうことが無いということがどんなに歓びかを噛み締めて毎日暮らしていらっしゃる。
大切長らえたら、憑き物が取れたように体躯も脳裏も軽くなります。その人もそういった軽やかな面持を通していました。
ようやっと助かった大切だから生きていることにただ感謝して、毎日をとことん生きようというようにわたしはなりました。その人も口には出しませんが、力一杯生きようという気持ちが体内から放たれていました。
性分は生きているのではなく生かされているということをいうパーソンがいらっしゃる。確かにそういった面が大切にはあります。
九死に運命を得た性分は十中八九明るく軽やかな面持を通していて、性分が一丸、誰かといった誰かのお互いのお陰で皆で生きていて、そんな気持ちが死にかけてやっとわかったのかもしれないというくらいには、知覚も想像力もそれほど素晴らしいわけでもないとも思いが付きます。
そんな意味で大切こそ宝物だ。わたしもその人もそういうことを実感しているような面持になっていて明るく軽やかな面持をしているのであると思いました。http://xn--lineid-ge4exogbzc0vwro117b9fxa9umuqo041drlcq13j.xyz/